美しいガラスビーズの蜻蛉玉。いったいいつから日本に入ってきたのか?調べてみたヨ☆
さて皆さんは、
かんざしやら帯留めやらアクセサリーで有名な
大玉のガラスビーズことトンボ玉について
いったいどれくらいの情報を持っているでしょうか?
作り方はガラス棒をバ―ナーで溶かして
鉄芯に巻き付けて成型し、
鉄芯から外したら完成と言う
その大まかな作り方は有名ですが
トンボ玉そのもののルーツって
実はテレビ見てても本を読んでも
ちっとも情報が出て来ませんよね(;^ω^)
何の気なしにトンボ玉特集番組見てても
江戸時代の技法を再現!
とか言い出すし、
とりあえず江戸時代にはあったんだ~ぐらいのもの。
実際のところいったいいつから日本にあったんじゃーい(>_<) と気になったので
部長なりに色々調べてまいりましたヨ☆
トンボ玉の呼び名について
まずはトンボ玉の呼び名のルーツから行ってみましょう。
とんぼ玉、地は瑠璃、或は白気に赤き花を散らし紋あり。 焼き物の如く見えて、至極うつくし。
江戸時代中期の物産案内書の一文です。
瑠璃色のガラスに白とか赤の花が紋のようにちりばめられてるガラス球を
「とんぼ玉」と読んだ、と言う証拠ですね。
トンボの複眼にそっくりだからトンボ玉説は
結構有名ですけど、
青地に白と赤の花の紋が
トンボの複眼に似てるって本気かしら……?
一気に美しいと言うより
気持ち悪い感が増すのは
私が都会っ子だからですかね?
トンボの羽単体は私も好きだけれど、
トンボの複眼は正直なあ……(;^ω^)
他にトンボ玉の呼び名の由来説に
江戸時代に中国から輸入されてきたガラスビーズの中に
『蜻蛉玉』と銘打ってある品があった
というのと、
古墳から出土したことで、
古墳をローマ字読みして『とんぼ玉』 と解読した説
がありまして、
え、じゃあ古墳時代からトンボ玉って 存在してたん!?説が浮上します。
輸入品に蜻蛉玉説はかなり説得力ありますネ。
しかしどちらにせよ
ローマ字読みを日本人ができるのは
多分江戸時代くらいだから
やっぱり「トンボ玉」呼びは江戸時代から、
が 有力かなあと部長は思う次第です。
トンボ玉はいつから日本にあった?
では議題のトンボ玉日本登場はいったいいつか?
実は謎すぎてちっとも情報が出てきませんでした(>_<)
古代期の遺跡、
吉野ヶ里遺跡から採掘されていることから
弥生時代からあったと言う説くらいしか見つかりませんでした。
コアガラス技法と言うトンボ玉を作る技法の根本が
メソポタミアで紀元前1600年頃スタートとのことなので
日本でも作れただろうと言われれば
行けるかなあとも思うんですけど(;^ω^)
ガラスじゃなくてもビーズを作ろうと思ったら
出雲のメノウを研磨した勾玉が大変有名だし
挿絵にもいっぱい載っているから
吉野ヶ里遺跡のトンボ玉は輸入品じゃないかしら、
と言うのが私の勝手な想像でございます。
焼き釜付きで出土したと言われたら
作ってそう!!と思うんですけどね~。
日本ではトンボ玉って呼ぶけど海外では?
ではこのトンボ玉ことガラスビーズ、
海外で通用する名前はどれか、と申しますと、
ランプワークビーズ
と呼ぶのが通常のようです。
バーナーが開発される前は
ランプの灯で溶かしてたからなんだとか。
縞々にしたり、花紋を入れたり色々遊べる
トンボ玉づくり。
正直部長は
基本の形をマスターするだけで精いっぱいな方でございますが、
最近は自宅でも作れるキットがいっぱい売っております。
部長が使っている道具については⇒コチラ
基本の形の作り方については⇒コチラ
の記事をどうぞご参照くださいませ。
はー、今日はなかなか勉強しましたね!
何かの参考になれば幸いでございます。
ではでは本日はこの辺で。
また別の記事でお会いしましょう(^^)/